結論からお伝えします。シニアの長期滞在で最初に決めるのはビザではありません。決め手になるのは「医療をどう賄うか」と「年金をどこで受け取るか」の2つです。ビザは条件を満たせば申請できますが、医療保険は年齢が上がるほど選択肢が減り、あとから取り返しがききません。この記事では、その順番でマレーシアのリタイア移住を整理します。
まず結論:ビザから考えると順番を間違える
マレーシアのリタイア移住を扱う記事の多くは、MM2Hの条件から書き始めます。読み手としては自然な流れですが、実際のご相談ではビザが理由で計画が止まることはあまりありません。止まるのは、たいてい医療とお金のほうです。
理由はシンプルです。ビザの条件は資産があれば満たせますが、保険は年齢と健康状態で決まるからです。65歳で入れる商品と55歳で入れる商品は違いますし、持病があれば選択肢はさらに狭まります。ビザの検討に半年かけている間に、入れる保険が減っていくことがあります。
もうひとつが、収入の通貨です。年金は円で入ってきて、マレーシアの支出はリンギットで出ていきます。この通貨のズレは、住み始めてから調整できません。だからこの記事では、医療とお金を先に置き、ビザをその後に置いています。
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| 決め手になる要素 | 子育て世代の移住 | シニアの長期滞在 |
|---|---|---|
| いちばんの制約 | 学校の空き・入学時期 | 保険に入れるかどうか |
| 収入の出どころ | 就労・事業・日本からの送金 | 年金・貯蓄(円建てで固定) |
| 滞在期間の考え方 | 卒業・進学で区切りがある | 区切りが自分で決められない |
| ビザの主なルート | 学生パス+保護者の帯同 | MM2H/短期の繰り返し |
| 先に決めるべきこと | 学校と住まい | 医療と、帰るときの条件 |
滞在の形は3つ|90日・MM2H・家族の帯同
マレーシアに長く滞在する形は、大きく3つに分かれます。いきなりMM2Hを目指す必要はありません。
① 短期の滞在を繰り返す(社会訪問パス)
日本国籍の方は、観光・親族訪問などの目的であれば事前のビザ取得なしに入国でき、入国時に与えられる滞在期間は最長90日です。「涼しい時期だけ日本、暑さの厳しい時期だけマレーシア」という二拠点の暮らし方なら、この形で足りることがあります。
ただし、この滞在は本来「訪問」のための枠組みです。出入国を短い間隔で繰り返せば入国審査で説明を求められることもありますし、滞在日数の判断は入国管理官に委ねられています。長期の生活基盤をここに置くのは無理があります。
② MM2H(マレーシア・マイ・セカンドホーム)
まとまった資金を動かせる方向けの長期滞在プログラムです。現行はPlatinum・Gold・Silver・SEZ/SFZ枠の4カテゴリーで、定期預金と住宅の購入が要件の中心になっています。詳しくは次の章で整理します。
③ 家族の帯同者として滞在する
あまり知られていませんが、MM2H公式サイトが認めている帯同家族には両親と義理の両親が含まれています。お子さんの世代が先にマレーシアへ移り、その帯同者としてご自身が滞在する、という順序も考えられます。
※ここは誤解しやすいところなので補足します。これはMM2Hの帯同家族の枠に主申請者の両親・義理の両親が含まれている、という話です。お子さん世代がMM2Hを取得している場合の選択肢であり、お子さんやお孫さんが学生パスや保護者用のパスで滞在しているケースで同じ形が使えるとは限りません。どのパスの帯同枠に入れるかは在留資格ごとに違うため、ご家族の状況を具体的に示したうえでご確認ください。
帯同できる範囲には配偶者、21歳未満の子、21歳を超える未婚で就労していない子、障がいのある子も含まれるとされています。ご家族全体でどのルートが現実的かは、誰が主申請者になるかで変わります。
※成人したお子さんを帯同できる年齢の上限については、公式サイトの表記が一致していません。観光芸術文化省が公開しているカテゴリ比較のPDFは35歳、MM2H公式サイトの比較表は34歳と記載しています。1歳の差で対象から外れることがあるため、該当しそうな場合は必ず申請窓口に直接ご確認ください。
ルシュエットは、MM2Hの取得そのものを代行する会社ではありません。取得を専門にしているエージェントをご紹介する立場です。だからこそ「まずMM2Hを取りましょう」とは申し上げません。
ご相談を受けていていちばん多いのは、日本にいるうちに全部決めきろうとして、判断材料が足りないまま止まってしまう形です。90日の滞在で一度暮らしてみてから決めても、何も遅くありません。暑さ、湿度、車移動の多さ、日本食の値段。この4つは、住んでみないと自分に合うかどうか分かりません。
MM2Hの現行条件と、年齢が味方になる部分
MM2Hはここ数年、条件の改定が続いています。数年前の解説記事がそのまま残っているため、ネット上の情報は現行制度と食い違っていることが少なくありません。2026年9月時点でMM2H公式サイトが公表している内容を整理します。
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| カテゴリー | Silver | Gold | Platinum | SEZ/SFZ枠 |
|---|---|---|---|---|
| 定期預金 | USD150,000 | USD500,000 | USD1,000,000 | USD32,000 (50歳以上) |
| 住宅購入の下限 | RM600,000 | RM1,000,000 | RM2,000,000 | 指定エリアの物件 |
| パスの有効期間 | 5年 | 15年 | 20年 | 10年 |
| 年齢の下限 | 25歳 | 25歳 | 25歳 | 21歳 |
| 就労・事業 | 不可 | 不可 | 可 | 不可 |
年齢が味方になる、数少ない場面
シニアの方にとって重要なのは、MM2Hが「年上のほうが条件が軽くなる」設計を一部に持っていることです。SEZ/SFZ枠の定期預金は21歳から49歳がUSD65,000であるのに対し、50歳以上はUSD32,000と、およそ半分になります。
滞在日数についても同様です。MM2H公式サイトの申請ガイドラインには、年間90日(累計)の滞在義務が課されるのは50歳未満の参加者であると記載されています。観光芸術文化省が公開しているカテゴリー比較の資料はさらに明確で、25〜49歳は年90日、50歳以上は「最低滞在日数の要件なし」と2行に分けて書かれています。日本に生活の拠点を残したまま行き来したい方には、大きな意味を持つ違いです。
※ただし読むページによって印象が変わります。カテゴリー別の個別ページ(Silver/Gold/Platinum/SEZ)では年齢を区切らずに「90日」とだけ書かれており、この部分だけを見ると全員に滞在義務があるように読めます。日本語の解説記事で説明が食い違っているのは、おそらくこれが理由です。年齢による違いを確認したいときは、個別ページではなく申請ガイドラインかカテゴリー比較の資料をご覧ください。制度は改定されるため、申請の時点で最新版のご確認をおすすめします。
見落とされやすい3つの前提
金額の大きさに目が行きがちですが、資金計画に効いてくるのは次の3点です。
ひとつ目は、住宅の購入が全カテゴリーで要件に含まれていること。以前は定期預金だけで申請できるルートもありましたが、現行制度では購入が要件の中心に据えられています。定期預金と住宅購入は「どちらか」ではなく「両方」です。
ふたつ目は、購入した物件に10年間の売却制限がかかること(より高額な物件への買い替えは認められるとされています)。まとまった資金が10年間、不動産に固定されます。シニアの資金計画では、医療費や帰国という不確実な支出に備えて手元の流動性を残しておくことが特に大切なので、ここは慎重に見てください。
3つ目は、承認後に指定病院での健康診断が求められることです。本人だけでなく帯同するご家族も対象とされています。健康状態によっては手続きが想定どおりに進まない可能性があります。
逆に、あまり語られていない利点もあります。外国免許からマレーシアの免許への切替は2025年5月19日に停止されましたが、MM2H参加者は例外として残されています。クアラルンプール周辺は車での移動が前提になる場面が多いため、ご自身で運転される予定なら、これは実務上かなり大きな差になります。
※MM2Hは近年も条件の改定が続いている制度です。ここに記載した内容は2026年9月時点の公表情報にもとづく整理であり、申請時点の条件を保証するものではありません。なおサラワク州は独自のS-MM2Hを運営していますが、本記事では州政府の公式情報まで確認できなかったため、条件の詳細には触れていません。
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ビザを決める前に、住まい・医療・生活費を一度並べてみると判断がはっきりします。
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年金をどう受け取るか|日本側の手続きと現地の税
結論として、日本の年金は海外の口座で受け取れます。ただし手続きと、毎年の宿題が発生します。全体の流れを先に置きます。
渡航前:受け取り口座を決める
マレーシアの口座で直接受け取るか、日本の口座で受け取って自分で送金するかを選びます。前者は日本年金機構への届出が必要で、送金通貨はこちらでは選べません。
渡航前:源泉徴収の扱いを決める
非居住者になると公的年金から原則20.42%が源泉徴収されます。租税協定による免除の適用を受ける場合は、支払日の前日までに届出書の提出が必要とされています。適用の可否は年金の種類によって変わるため、税務署でご確認ください。
毎年:現況届を出す
誕生月の末日までに提出します。日本国籍の方は在外公館が発行する在留証明を添えます。
毎年:マレーシア側の申告を確認する
暦年で182日以上滞在すると税務上の居住者と判定されるのが基本です。免税に当たる場合でも申告書の提出義務は残ります。
日本側:届出と、毎年の現況届
マレーシアの金融機関で年金を受け取る場合は、日本年金機構へ「外国居住者用の住所・受取金融機関の登録(変更)届」を提出します。ここで押さえておきたいのが、送金される通貨は国ごとに指定されており、受給者側では選べないという点です。
しかも日本年金機構が公表している送金通貨の一覧に、マレーシアの個別の記載はありません。「上記以外の国」として米ドルでの送金になります。つまり円 → 米ドル → リンギットと、両替が2回はさまるということです。為替の影響を受ける場面が一度ではなく二度ある、と考えておいてください。
もうひとつが現況届です。海外にお住まいの受給者は、生存を確認するための現況届を毎年ご自身の誕生月の末日までに提出します。日本国籍の方は、在外公館が発行する在留証明を添えることになります。提出が滞ると年金の支払いが一時的に止まることがあります。
この在留証明は、思い立ってすぐ取れるものではありません。誕生月から逆算して、大使館・領事館へ行く予定を毎年組む必要があるという点は、渡航前に知っておいてください。
受け取り方は一つではない
ここまでは「マレーシアの口座で直接受け取る」場合の話です。もう一つ、日本の口座で今までどおり円で受け取り、必要なぶんだけご自身でマレーシアへ送金する方法があります。この場合、いつ・いくら両替するかをご自身で選べます。
どちらが有利かは、送金の回数・1回あたりの金額・使う送金手段の手数料で変わります。「海外に住むのだから海外の口座で受け取るもの」と決めてかからず、両方を比べてから選んでください。
また、米ドルで着金するぶんをそのまま外貨で持っておく選択肢もあります。マレーシア中央銀行の枠組みでは、非居住者もライセンスを持つ銀行で外貨建ての口座を開設できるとされており、実際に米ドルを含む複数通貨に対応した口座を案内している銀行があります。ただし受け入れの基準や必要書類は銀行ごとに異なり、どの在留資格なら開設できるかまでは公表されていません。開設できる前提で計画を立てず、渡航後に複数の銀行で直接ご確認ください。
※日本の口座を残す場合、その口座が海外転居後も使えるかは金融機関ごとに扱いが異なります。渡航前に取引先の銀行へご確認ください。海外送金の手段と手数料の比べ方は送金と為替の記事、現地の口座開設については銀行口座の記事で扱っています。
マレーシア側:国外源泉所得の扱い
マレーシアの所得税法は、国内で生じた所得に加えて、国外で生じた所得のうちマレーシアで受け取ったものも課税範囲に含んでいます。日本の年金をマレーシアの口座で受け取ると、形のうえではここに当たります。
ただし居住者である個人については、官報の免税令(P.U.(A) 234/2022、P.U.(A) 451/2024による改正)によって2036年12月31日まで免税とされています。この免税には「源泉地国で同種の税が課されていること」という条件があり、免税であっても申告書の提出義務まで免除されるわけではありません。
なお、マレーシアの所得税では暦年で通算182日以上滞在すると税務上の居住者と判定されるのが基本です(このほかにも判定条件があります)。行き来する暮らし方だと、年によって居住者・非居住者が入れ替わることがあります。
日本側の源泉徴収と、租税協定
日本で非居住者となった場合、公的年金からは20.42%が源泉徴収されます(65歳以上の方は、月額9万5千円を控除した後の額が対象です)。何もしなければ、この分が差し引かれた額が海外の口座に届くことになります。
ここで関わってくるのが、日本とマレーシアの租税協定です。協定の第18条は、「過去の勤務につき一方の締約国の居住者に支払われる退職年金その他の類似の報酬に対しては、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる」と定めています。この規定が適用される場合、源泉徴収の免除を受けるには「租税条約に関する届出書」を年金の支払日の前日までに提出する必要があります。
※ただし、ご自身の年金がこの第18条に当てはまるかどうかは、条文だけでは判断できません。老齢基礎年金のうち自営業の期間など「過去の勤務」に基づかない部分が第18条に含まれるかは、条文から読み取れませんでした。また公務員として勤務された方の年金は第19条で別に扱われます。本記事では「日本では課税されない」といった断定はしていません。届出書の要否とあわせて、必ず日本の税務署または税理士にご確認ください。
※もうひとつ、日本側とマレーシア側は切り離して考えないほうがよい点があります。先に触れたマレーシアの免税には「源泉地国で同種の税が課されていること」という条件が付いています。日本側で協定を適用して源泉徴収を止めた場合に、この条件との関係がどうなるかまでは、本記事では確認できていません。「両国とも無税になる」と単純に見込んだ資金計画は立てず、日本とマレーシアの双方の税務に通じた専門家にご相談ください。
為替:年金は円建て、生活はリンギット建て
シニアの長期滞在で見落とされやすいのが為替です。給与収入と違い、年金は増やす手立てがありません。円安が進むと、同じ年金額から受け取れるリンギットが減り、生活の余裕が直接削られます。
本記事の基準はRM1≒38.7円(2026年8月・マレーシア中央銀行の公表レート)です。仮に毎月20万円の年金を受け取る場合、レートが上下すると手取りは次のように変わります。
| 1リンギット | 月20万円の換算額 | 基準との差 |
|---|---|---|
| 30円(円高方向) | 約RM6,670 | +RM1,500ほど |
| 38.7円(本記事の基準) | 約RM5,170 | — |
| 45円(円安方向) | 約RM4,440 | −RM730ほど |
※レートが38.7円から45円へ動くだけで、月あたりRM700以上の差が出ます。家賃1か月分に近い金額です。ぎりぎりの収支で計画を立てず、為替が1〜2割動いても続けられる水準で見積もってください。送金の手数料やタイミングについては送金と為替の記事にまとめています。
いちばんの壁は医療|費用・保険・6%のサービス税
結論から言うと、シニアの長期滞在で最も影響が大きいのは医療です。マレーシアの私立病院は設備も対応も整っていますが、その費用は基本的に自己負担になります。
私立の医療サービスには6%のサービス税がかかる
2025年7月1日から、私立の医療施設が提供する医療サービスはサービス税の課税対象になりました。税率は6%です。マレーシア国民は免除される一方、非国民には課税されます。
ここが重要な点ですが、MM2Hや長期社会訪問パスの保持者を除く規定は置かれていません。長期滞在のビザを持っていても、税制上は「非国民」として扱われると考えておくのが安全です。課税されるのは入院・病室料・施設内で処方された薬・検査・治療処置などとされています。
診察料の上限は「医師のフィーだけ」
マレーシアには私立クリニックの診察料に上限を定める規定があり、官報 P.U.(A) 150/2026(2026年4月2日施行)によって、一般開業医(GP)の診察料はRM10〜RM80に改定されました。日本円ではおよそ390円〜3,100円です。
ただし、この上限には条件があります。診療時間外は通常料金の最大50%増、往診・自宅訪問は最大100%増を上乗せできるとされています。そして最も誤解されやすいのが、この規制の対象は医師のフィーだけで、薬代と検査費は含まれていないことです。「診察はRM80まで」と読んでしまうと、実際の請求額を見誤ります。
なお私立病院で診療する医師のフィーはこれとは別枠の規定で、こちらは2013年の改定以降据え置かれています。クリニックの料金表を病院に当てはめないでください。
保険は、年齢が上がるほど選択肢が減る
ここが冒頭で「先に決めるべき」とお伝えした理由です。日本の海外旅行保険は、一般に渡航前から発病している病気を補償の対象外としています。持病をお持ちの方は、この保険だけを前提にした渡航計画は成り立たないとお考えください。
加えて、年齢が上がるほど加入できる商品は限られ、保険料も上がる傾向があります。具体的な年齢上限や保険料は商品ごとに大きく異なるため、本記事では数字を示しません。この部分だけは、ご自身の年齢・既往症を伝えて保険会社に個別に確認する以外に方法がありません。
クアラルンプールには日本語で対応してもらえる医療機関がありますが、ここで気をつけていただきたいのが「日本語対応」の中身です。受付や日本語通訳のスタッフがいることと、担当する医師が日本語で診察することは別です。
症状の細かいニュアンス、既往症、飲んでいる薬。これらを通訳を介して伝えることになるため、お薬手帳と、これまでの検査結果を英語で持っておくと、初診がまったく違うものになります。詳しくは日本語が通じる病院の記事と、保険と医療費の記事をご覧ください。
住まいは「買う」より「借りる」から
結論として、最初から購入を前提にしないことをおすすめします。MM2Hを使う場合は購入が要件に含まれますが、それは「MM2Hを選んだ場合の話」であって、住まいの最適解とは別です。
家賃の目安として、日本人に人気のモントキアラで3ベッドルームのコンドミニアムを借りると月RM3,800〜5,800(およそ14万7千円〜22万4千円)が一つの水準です。ご夫婦2人であれば2ベッドルームで足りることが多く、エリアを一つずらせば水準はさらに下がります。エリアごとの比較もあわせてご覧ください。
費用面で知っておくと安心なのが、住宅用の賃貸はサービス税の課税対象から除外されている点です。2025年7月に賃貸・リースが課税対象へ広がりましたが、住宅用は除かれているため、家賃に6%が上乗せされることはありません。
一方で、賃貸借契約書には印紙税がかかり、納税義務者は借主です。年間賃料をRM250(またはその端数)で割った単位数に、契約期間に応じた率を掛けて計算します。押印の期限は署名から30日以内です。詳しくは賃貸契約の記事にまとめています。
購入を検討される場合、資金計画にいちばん効いてくるのが所有権移転にかかる印紙税です。ここは短い間に二度変わっています。2024年1月1日から非国民・外国法人は一律4%とされ、さらに2026年1月1日以降、住宅用不動産については8%が適用されます(商業用・工業用は4%のまま、マレーシアの永住権保持者は対象外です)。
RM1,000,000の住宅なら印紙税はRM80,000、日本円でおよそ310万円です。「4%」と書かれた解説は2025年までの内容で、そのまま当てはめると倍の開きが出ます。なお売買契約の締結日と名義移転の日のどちらを基準に判定するかは、公式情報で確認できませんでした。時期をまたぐ取引では必ず弁護士にご確認ください。条件の詳細は不動産購入の記事で扱っています。
物件を選ぶとき、シニアの方に必ずお伝えしているのが「病院までの動線」です。クアラルンプール周辺は朝夕の渋滞が激しく、地図上の距離では移動時間が読めません。地図で近く見える病院が、時間帯によっては倍かかることがあります。
もうひとつが、行き来する暮らしをする場合の留守中の支払いです。家賃や光熱費の支払いは現地の口座やアプリで動くものが多く、日本にいる間に手が止まりがちです。ルシュエットでは、日本とマレーシアを行き来される方向けに家賃・光熱費の支払代行もお受けしています。二拠点の暮らしでは、住まいそのものより「留守にしている間の実務」が壁になります。
住民票を抜くか残すか|介護保険という固有の論点
結論として、この判断は現役世代とシニアで意味が違います。現役世代は住民税と国民健康保険が中心の話ですが、シニアの場合はここに介護保険が加わります。
海外転出届を出して住民票を抜くと、国民健康保険法の定めにより住所を有しなくなった日の翌日に国民健康保険の資格を失います。介護保険も同じ考え方で、第1号被保険者(65歳以上)は住所を失った日の翌日に資格を喪失し、保険料は喪失した月の前月分までとなります。帰国して転入すれば、あらためて資格を取得します。
75歳以上の方は、後期高齢者医療制度も同じ構造です。被保険者は広域連合の区域内に住所を有する方とされているため、海外転出により資格を失います。
ここで効いてくるのが海外療養費です。海外で受けた診療について、日本国内で同じ治療を受けた場合を基準に計算した額(実際の支払額が下回ればその額)から一部負担金を差し引いた額の払い戻しを受けられる制度ですが、対象になるのは住民票を残して国民健康保険に加入し続けている方の、一時的な渡航です。
注意していただきたい点が2つあります。治療を目的とした渡航は対象外であること。そして1年以上の海外生活の実態があると、そもそも加入の要件を満たさないと判断され、さかのぼって資格を失う場合があることです。「住民票を残しておけば安心」とは言い切れません。
一方で住民票を残せば、住民税や保険料の負担は続きます(住民税は1月1日に国内に住所がなければその年度は課されませんが、転出前年分の納税には納税管理人の選任が必要です)。「どちらが得か」は、年間の滞在日数と、想定する医療費の大きさで変わります。ご自身のケースについては、お住まいの市区町村の窓口で確認してください。
あわせて、渡航前に整理しておくと後悔が少ない項目を挙げます。
- NISA:海外転出後も5年間そのまま保有できる特例は、転勤などによる一時的な出国に限られます。移住は対象外です。
- マイナンバー:番号そのものは海外転出後も継続して有効です(カードの取り扱いとは別の話です)。
- 運転免許:外国免許からの切替は2025年5月19日に停止され、現在も対象は外交団・MM2H参加者などに限られています。2026年6月に一部が再開されましたが、それはマレーシア国民向けです。MM2H以外の在留資格の場合は、国際運転免許証を使うか、現地で新規に取得することになります。
- 選挙:在外選挙人証があれば国政選挙に投票できます。申請は在外公館でも、国外転出届を出してから転出予定日までに最終住所地の選挙管理委員会でも可能です。
※税金・年金・保険の手続きの順番は、マレーシア移住の税金・年金・保険の記事と渡航前後の手続きの記事で詳しく扱っています。制度は改定されることがあるため、最終的な判断は各公式窓口と専門家にご確認ください。
出口を先に決める|要介護・お連れ合い・帰国
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。リタイア移住は「行く計画」より「帰る計画」で差がつきます。そして、この論点に触れている日本語の情報はほとんどありません。
考えておきたい分岐は3つあります。いずれも「起こるかもしれない」ではなく、年数が経てば確率が上がっていく種類の出来事です。
1. 介助が必要になったとき
日本の介護保険は、国内に住所がある方を対象とした制度です。海外転出で資格を失い、帰国して転入すれば再び資格を取得します。ただし資格を取り戻すことと、要介護認定を受けてサービスが始まることは別です。認定には申請と調査の期間が必要です。
介護保険法は、要介護認定の申請に対する処分を申請のあった日から30日以内に行うと定めています。ただし心身の状況の調査に日数を要するなど特別な理由があるときは、処理の見込み期間と理由を通知したうえで延長できるとされています。
ここで知っておくと安心なのが、要介護認定は申請のあった日にさかのぼって効力を生じると法律に定められている点です。「結果が出るまでの1か月は保険が使えない」わけではありません。ただし、その時点ではまだ認定結果も要介護度も分からないため、どのサービスをどれだけ使えるかが確定していない状態が続きます。
実務上の壁になるのは、むしろ受け入れ先の手配のほうです。急な帰国で、住まい・ケアマネジャー・事業所を同時に探すことになります。なお海外転出をはさんだ場合の具体的な取り扱いは自治体ごとの運用があり、本記事では確認しきれていません。介助が必要になってから調べるのでは間に合わないため、お元気なうちに、住んでいた市区町村の介護保険の窓口へ一度確認しておいてください。
マレーシア側で介助を受ける選択肢もありますが、費用も内容も日本の介護保険とはまったく別の仕組みです。「そのときになったら考える」がいちばん危ないパターンだと感じています。
2. お連れ合いが先に亡くなったとき
ご夫婦で移り住む場合、契約・銀行・ビザの手続きを片方が一手に引き受けていることがよくあります。英語のやり取り、賃貸契約、現地の口座。これを一人で回せるかどうかは、実は移住の可否より大きな分かれ目です。
できることは単純です。どちらか一方に寄せず、二人とも同じ情報を持っておくこと。契約書の保管場所、口座の一覧、連絡先。この3つを共有しておくだけで、状況はかなり変わります。
あわせて確認しておきたいのが、口座の名義をどうしておくかです。名義人に万一のことがあったとき、その口座の資金をご家族がすぐ動かせるかどうかは、銀行や口座の種類によって取り扱いが変わります。当面の生活費を日本側にも残しておくと、手続きが済むまでの間を凌げます。現地の口座については、開設した銀行に直接ご確認ください。
3. 資産と相続
マレーシアに不動産や口座をお持ちの場合、日本の手続きだけでは完結せず、現地での手続きが必要になります。MM2Hで購入した物件の売却制限が残っている期間に何が起きるかも、あらかじめ確認しておきたい点です。
ルシュエットではMM2Hのご紹介とあわせて遺言書の作成もお受けしていますが、相続や税務の判断そのものは弁護士・税理士の領域です。本記事は法務・税務の助言ではありません。マレーシアと日本の両方に資産がある場合は、両国の専門家にご相談ください。
進め方(5ステップ)
ここまでの内容を、着手する順番に並べ替えました。ビザが4番目に来ているのが、この記事のいちばんの主張です。
医療から確認する
ご自身の年齢・既往症で加入できる保険があるかを、保険会社に個別に確認します。ここが動かないと、他をどれだけ詰めても計画になりません。
お金の受け取り方を決める
年金をどこの口座で受け取るか、現況届をどう回すか、為替が1〜2割動いても続けられるかを試算します。
90日、実際に暮らしてみる
暑さ・湿度・車移動・日本食の値段。この4つは住んでみないと分かりません。同じ季節ではなく、違う時期に2回来ていただくのが理想です。
ビザを選ぶ
行き来する暮らしなのか、腰を据えるのか。ここが決まってからMM2Hのカテゴリーを検討すると、必要な資金の水準が現実的になります。
出口を決めてから住まいを決める
何があったら日本に戻るか、その条件を先に言葉にします。決めておくと、購入か賃貸かの答えも自然に出ます。
ご自身の場合はどうなるか、一緒に整理しませんか
持病があるときにどの保険に入れるか、ご自身の年金が租税協定の対象になるか。
この2つは一般論では答えが出ず、ご自身の条件を当てはめないと決まりません。
医療・年金・住まい・ビザを1枚に並べるところから、現地スタッフがお手伝いします。
よくある質問
年金だけでマレーシアに長期滞在できますか?
毎月の暮らしだけを見れば、日本より抑えられる部分は確かにあります。ただし年金収入は円建てで、マレーシアの支出はリンギット建てです。円安が進むと受け取れるリンギットが減るため、年金額だけで判断するのは危険です。またMM2Hを使う場合は、毎月の生活費とは別に定期預金と住宅購入という大きな一時支出が発生します。判断するときは月々の収支だけでなく、為替が1割動いても続けられるか、まとまった資金を10年動かせなくても困らないか、という2点を先に確認してください。
MM2Hに年間の滞在義務はありますか?50歳以上は免除されますか?
MM2H公式サイトの申請ガイドラインには、年間90日(累計)の滞在義務は50歳未満の参加者に課されると記載されており、50歳以上については最低滞在日数の記載がありません。ただしカテゴリー別の個別ページには年齢を区切らずに90日とだけ書かれている箇所があり、記述が一致していません。運用は改定されることがあるため、申請の時点で必ずMM2H公式サイトの最新のガイドラインをご確認ください。
持病があってもマレーシアに長期滞在できますか?
持病そのものが滞在を妨げるわけではありませんが、保険で大きく影響します。日本の海外旅行保険では、渡航前から発病している病気を補償の対象外としているのが一般的です。また年齢が上がるほど加入できる商品は少なくなり、保険料も上がる傾向があります。加えてMM2Hでは、承認後に指定病院での健康診断が求められます。持病がある場合は、ビザの検討より先に、加入できる保険があるかを保険会社に個別に確認することをおすすめします。
住民票は抜いたほうがよいですか?
一概には言えません。海外転出届を出すと国民健康保険の資格を失い、介護保険についても資格喪失の手続きが必要になります。国民健康保険の海外療養費は、住民票を残して国民健康保険に加入し続けている方が対象になる制度です。一方で住民票を残したままだと住民税や保険料の負担は続きます。日本とマレーシアを行き来する予定なのか、腰を据えて住むのかで答えが変わるため、お住まいの市区町村の窓口でご自身のケースを確認してください。
マレーシアの医療費に税金はかかりますか?
私立の医療施設が提供する医療サービスは、2025年7月1日からサービス税の課税対象になりました。税率は6%で、マレーシア国民は免除される一方、非国民には課税されます。MM2Hや長期社会訪問パスの保持者を除く規定は置かれていないため、日本人の長期滞在者は課税される側と考えておくのが安全です。公立病院はこの課税対象とは別の扱いです。実際の請求は施設や治療内容で変わるため、受診先にご確認ください。